連載「素顔の選手《REDSげんき》」
牲川 歩見(にえかわ あゆみ)16 GK
今回は、浦和レッズの牲川歩見選手に話を聞きました。父とボールを蹴っていた少年時代の記憶や、代役から始まったゴールキーパーとしての日々、そして経験を重ねてたどり着いた、彼ならではの境地を振り返ります。
小学生の頃の僕は、とにかく体を動かすことが大好きな少年でした。休み時間は10分ほどしかないのに、授業が終わる5分前にはもうソワソワし始めてしまって(笑)。チャイムが鳴った瞬間に外へ飛び出していく、そんな子どもでしたね。
最初に習い始めたスポーツは、実はソフトボールと水泳なんです。仲のいい友達が始めていて、「僕もやりたい」と思ったのがきっかけでした。でも、浜松への転校を機に、そのどちらも辞めることになります。
本格的にサッカーを始めたのは、転校後の小5のときです。家の近くにジュビロ磐田のサッカースクールがあったので、興味を持ったのが始まりでした。周りを見渡せば、幼稚園や小学校低学年から始めている子ばかり。僕はかなり遅いスタートでしたね。
ただ、父がもともとサッカーをしていたんです。最初は見ているだけでしたが、父が河川敷で仲間と楽しむ草サッカーに混ぜてもらうこともありました。よく一緒にボールを蹴っていましたし、僕がサッカーにのめり込んだ原点は、父にあるのかもしれません。
ゴールキーパーとの出会いは、小6のときでした。当時、浜松にいくつかあるジュビロのスクール生が集まってチームをつくり、県大会を目指す機会があったんです。僕はフィールドプレーヤーだったのですが、キーパーの子がケガをしてしまい、急きょ僕が県大会で代わりに入ることになりました。
実際にやってみると、シュートを止めるのが楽しくて。周りと違ってキーパーだけグローブをつけることができるのもカッコいいなと少年心に思いました。
中学、高校と進むにあたって、学校の部活動でサッカーをするという選択肢は僕の中にはありませんでした。「ジュビロのジュニアユースに上がりたい」「ユースにも上がりたい」「いつかトップチームでプレーしたい」。その一心で、プロを目指しました。
高校は、ジュビロユースの寮から近いという理由で、公立の磐田農業高校を選びました。チームメートは私立に通う人が多かったのですが、僕はあえて公立へ。学校の敷地には畑やみかん山があり、作物を育てる授業もありました。なんと校内には古墳まであるんです。僕は土木系だったので、測量の授業などもあって楽しかったですね。学校が終わると、そこから自転車でユースの練習場へ通う。そんな高校時代でした。
最近、ゴールキーパーというポジションの魅力を深く感じています。それは、「求めれば求めるほど、自分に跳ね返ってくる」ところです。
「うまくなりたい」と思って試行錯誤しても、たった一つのミスが失点に直結することもあります。でも、決定的なシュートを止めたときや、チームが勝てたときの喜びは、苦労した分だけ何倍にもなって自分に返ってくる。そこに、大きなやりがいを感じています。
だからこそ、「チームを勝たせられるゴールキーパー」になりたい。常日頃からそう思っています。ピッチでの表現にはこだわり続けたいですし、年齢を重ねてきた中で、若い選手を引っ張りながら共に戦えるよう、さらに成長していきたいですね。
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