110 2026.2.27

金子拓郎
プロを夢見る
インドア派の
サッカー少年

連載「素顔の選手《REDSげんき》」

金子拓郎(かねこ たくろう)77 MF

REDSDENKI

今回は、浦和レッズの金子拓郎選手に話を聞きました。
ゲームに夢中だった金子少年の思い出を振り返ります。

めて習ったスポーツは器械体操

僕がサッカーを始めたのは小学校1年生の終わりから2年生の頃です。
父がコーチをしている小川サッカースポーツ少年団に入団して土日と水曜日の夜の週3日サッカーをやっていました。

サッカーを始める前に、実は幼稚園から約8年間、器械体操もやっていたんです。
幼稚園からやっていたので、やらされていたというか気づいたらやっていたっていう感じです。
途中で「辞めたいな」と思う時もありましたが、6年生までやり続けると最後に大きいトロフィーが貰えて、それが欲しくて最後まで続けました(笑)

少年団や器械体操の練習がない日はよく友達と遊んでいました。
外で遊ぶのも好きでしたが、どちらかというと友達の家に行ったり、友達が自分の家に遊びに来て、ゲームをみんなでやる方が好きでした。

親からの忘れない贈り物

両親から貰ったプレゼントで一番に思い出すのもやっぱりゲームです。
小学校低学年の頃だったと思いますが、当時流行っていたゲーム機を両親から誕生日にプレゼントしてもらった時はすごく嬉しかったです。
レンタルビデオ店で、真っ赤なゲーム機を見つけて両親に「絶対この赤がいい!」と色までリクエストして買って貰いました。
それからはいろんなゲームをやりまくりましたね。

子どもの頃ではないですが、両親からの贈り物で今でも大切に使っているものがあります。
僕が成人した記念にプレゼントしてもらったお財布です。
そのお財布はプロになってからも替えないと決めているので、今でも使っていてもう8年以上ですかね。
これからも大切に使い続けます。


© URAWA REDS

題のテーマはジダン選手

子どもの頃に観ていたワールドカップで一番記憶に残っているのは2006年のドイツワールドカップです。
当時フランス代表だったジダン選手が好きでよく覚えています。

小学校の授業で偉人についてまとめるみたいな課題があって、僕はジダン選手をテーマに色々調べて冊子にまとめて提出しました。

この大会で日本と同じグループだったブラジル代表のサッカーも、記憶に残っています。
日本を応援しながらもブラジルのサッカーを見るのが楽しくて、ロナウジーニョ選手が大好きでした。ロナウジーニョ選手が描かれたTシャツを着て学校に行っていました。
あの頃の自分は、ワールドカップを観て「いつかプロサッカー選手になりたい」と夢見る一人のサッカー少年でした。

サッカーは大好きでしたがゲームも大好きで、ゲーム好きの父親が仕事の休みの日にゲームをやっている様子を見ているのが楽しかった記憶があります。
振り返ってみると僕はインドアな少年だったと思います。


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