26 2021.08.31

自分と同じ名前の
田中達也さんに
ずっと憧れています

連載「素顔の選手《REDSげんき》」

episode2 ぼくのヒーロー NEW
田中 達也(たなか たつや)11 MF

REDSDENKI

リブルとスピードが格好良かった

何回も話していることですが、僕の憧れと言えば、やっぱり田中達也さん(※注)です。
達也さんを知ったのは僕が小学5、6年生の時で、達也さんが浦和レッズに入ってしばらくして活躍し始め、日本代表にも入ったころだと思います。
最初は自分と同姓同名のJリーガーがいる、ということで意識していたのですが、その自分と同じ名前の選手が格好良いということがわかって憧れるようになりました。一番は、あのドリブルとスピードです。自分もFWで点を取るのが好きだったので、中学生になってからはドリブルを意識するようになりました。ただ達也さんのプレースタイルを真似するというよりは、ドリブルすること自体が真似でしたね。


© urawa reds

チャメチャ緊張した初めての対面

実際にプレーを見たことは多くないんです。福岡に住んでいましたし、今ほど簡単にJリーグの試合がテレビで見られるような環境ではなかったですから。
でも達也さんが出場する日本代表戦は欠かさずにテレビで見ていました。
本人に初めて会ったのは、僕がロアッソ熊本にいた2018年、達也さんのいるアルビレックス新潟がJ2に降りてきて対戦したときです。熊本のホームゲームでした(4月1日)。試合が終わってから達也さんのところへ行って挨拶させてもらいました。達也さんも同じ名前の選手がいることは知ってくれていましたが、何を話したかはメチャメチャ緊張していて覚えていません。「がんばって」と言われたのだけは覚えています。2回目に会ったのは、シーズン後半のアウェイ(新潟ホーム)の試合のときで、そのときも緊張しました。
自分が座って達也さんのプレーを見たのは先日(7月22日)行われたヒラさん(平川忠亮コーチ)の引退試合が初めてです。一度、ドリブルからシュートまで行くシーンがありましたけど、ずっとワクワクして見ていました。


2004シーズンの“初代”田中達也。この年、アテネ五輪にも出場した。“二代目”田中達也はこのころ小学6年生だった。

「新しい田中達也を見せて」と言われた

僕がレッズに入って11番を付けさせてもらうことになったとき、達也さんに連絡しました。
そのときの言葉はLINEにちゃんと残っています。
「背番号11を付けてくれるのはうれしいし、新しい田中達也を見せてよ」
と言われました。
達也さんはレッズから新潟に移籍した2013年は9番を付けましたが、2015年からは14番でした。それで僕が期限付き移籍先の岐阜から熊本に復帰した2017年に「14番をください」とお願いしました。ですから14番も愛着があります。
でもレッズでは「11番・田中達也」でいたいです。

分も憧れられる存在になりたい

ヒラさんの引退試合で達也さんのプレーを見て、自分が憧れていたころの気持ちを思い出しましたし、自分もそういう存在になろうと思いました。
僕はうまい選手ではないですが、情熱とかサッカーが好きという気持ちで、どうにか(笑)プロになれたと思っています。いまサッカーをやっている小中学生のみなさんも、サッカーを楽しんで、サッカーを好きでいてください。


© urawa reds

※注
田中達也
1982年11月27日、山口県周南市生まれ。2001年に帝京高校から浦和レッズ入り。スピードに乗った切れの良いドリブルが持ち味のFWで、プレースタイル同様に常に前向きな姿勢がファン・サポーターから支持された。背番号は3年目から11で、その年レッズの初タイトルであるJリーグヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)優勝に貢献。大会のニューヒーロー賞とMVPをダブル受賞した。日本代表としても活躍した。2013年、アルビレックス新潟に移籍し現在も現役を続けている。

田中達也/1992年6月9日、
福岡県福岡市生まれ

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